多聞院は歴世三百数十年ほど経った寺であり、もとは、新宿駅から程近い甲州街道に面した所にあった。昭和20年5月不幸にも太平洋戦争の戦火を浴びて、本堂など余さず灰に帰した。戦後二十四年に東京都が計画、実施した新宿駅周辺の復興を目指す区画整理事業の要請を受けて、現在の寺町に移転した。やがて寺檀の力を合わせて、29年末当所に本堂、庫裡を再建することができた。ここには天保八年のわずか一年間に飢餓によって亡くなった568人にのぼる犠牲者の石碑がある。  
 

【宗派】真言宗豊山派
【本山】長谷寺(奈良県桜井市)
【住所】北烏山4−12−1

 
 
   
 
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