徳川家康公が浜松在住の頃、祖母正心院日幸尼が玄龍院日\に帰依した際に、家康公が「しんどう」と云う所に天正19年(1591年)一寺を建立、妙祐山幸龍寺と号したのが当山の起源である。それ以来、寺は家康公と共に移建された。家康公が駿府に移れば寺も「さきのみや」に移り、江戸に入府されると神田湯島に移った。大正12年に現在の烏山に、書院、大玄関、鐘楼を構営し、戦後、慌廃した寺観を一新し、神殿造り構堂式本堂を建立した。  
  【宗派】日 蓮 宗
【本山】身延山久遠寺
【住所】北烏山5−8−1
 
 
   
 
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